長女を出産した時の話

こんにちは ぷちゃ母です(*’ω’*)

今回は前回お話した妊娠した時の話の続きを書いていきたいと思います。                           今回は出産編です。

長女を出産した時の話

 

里帰り出産の予定だったため、予定日の1カ月前には実家に帰り、臨月を満喫していた私でしたが、早く我が子に会いたい一心で39週に入ってからはアパートの階段の上り下りや、散歩を積極的に始めました。

この時です。今までどれだけ運動不足を放置していたかを思い知らされました。

すぐに疲れるし息もあがるし、これは臨月で体が重いだけの問題じゃないと気付きました。

しかしもう遅かったのかもしれません。安定期に入り、食に気を遣うと同時に体力にも気を遣うべきでした。

そんな後悔の中、10月12日の明け方、朝早い時間に痛みの感覚が5分ごとになっていったため、                  病院に電話をしそのまま入院になりました。

陣痛が始まってから長くても半日ほどで産まれるものだと私は勝手に想像していたのですが、自分はなかなか子宮口が開かず、  アパートの時と同様に、病院の階段を上って降りてを繰り返していました。

だんだんと体力も減っていき、陣痛がピークに達した時は腰をさすってくれていた夫にも、もう少し強くして!!😠        と、ぶつけようのないイライラが沸いてきて、早く産んで楽になりたいと願うばかりでした。

子宮口がもう少しで開くというときに分娩室に呼ばれたのですが、胎児の心拍が弱まっていて、                 もしかした帝王切開になるかもしれないという瀬戸際にいたので、まさかの分娩台ではなく手術台で出産することになりました🚑

 

これまでずっと順調にいっていたお腹の子が、急に心拍が弱くなって、ちゃんと無事に産まれるかどうか分からない不安が    襲ってきました。予想もしていなかった手術台に上がり軽くパニックになっていました。

さらに足を自分で支えなければならなくて、それもまた予期していなかったので、今考えれば対応できるであろうことも、    この時は冷静になれず パニック状態で出産が始まりました。

そしてこの後、臨月で感じたひどい運動不足の事をまたもや後悔することになったのです。

そこから出産するまでの記憶はほとんど覚えていませんが、陣痛から36時間が経過していて、夜中の3時の出産だったので、産まれた時には早朝になっていました。

元々立ち合い予定の夫と 急遽駆けつけてくれた実妹とともに、助産師さんの指示に従って なんとか自然分娩で産むことができて、自分が周りの人に支えられていることを改めて実感した時でもありました😭

適度に運動して体力を付けた人ならば、もう少し落ち着いて出産に臨むことが出来たのかもしれないと。            そんなどうしようもない事を思いながら手術台でしばらく待機していました。

尊い命が産まれて感動の瞬間を想像していた私にとっては、自分の気持ちを疑うほどだったんですが、とりあえず         産まれてホッとした気持ちと 死んだように寝たい、休みたいと産まれた瞬間そう思うだけで、感動の涙の出産とは         ならなかったので、その事が一番衝撃的でした。

出産直後は早く休みたいと思っていたはずなのに、産後ハイの状態になったのか気分が高揚して寝れず、              赤ちゃんが産まれたとゆう喜びで友人達に ひたすらLINEを送りまくっていました😅

心拍が安定しなかったため、娘は保育器に入っていましたが 保育器を出てからは授乳の練習から始まり、           看護師さんに上手に飲めてるよ~と言われても、一人で授乳をする度にちゃんと飲めてるのか、                    抱っこの仕方はこれで合っているのかなど、度々不安に思うことがありました。

その不安を抱えたまま母子ともに無事退院し、母のアパートでの生活が始まります。

 

長女を出産した日は、世間一般で言う「出産には想定外のことが起こる」とはこうゆうことなのだと実感した日でもありました😅

 

この続きは産後の話で書きますね(*‘∀‘

これから出産を控えている妊婦さんで不安に思っている方、付き添い予定の旦那様、この実体験を読んでいただいて、       少しでもお役に立てれば嬉しいです(*^^*)

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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